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大阪高等裁判所 昭和27年(ネ)788号 判決

控訴人 日本光機工業株式会社

被控訴人(当事者参加人) 株式会社藤本写真機製作所

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、大阪地方裁判所が同裁判所昭和二五年(ヨ)第五六〇号仮処分申請事件につき昭和二十五年五月二十三日なした仮処分決定は控訴人において保証を立てることを条件として取消す、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張証拠の提出援用認否は、控訴人において、本件は民事訴訟法第七百五十九条に基き特別の事情ありとして仮処分の取消を求めるものであると主張し〈立証省略〉た外、原判決事実摘示とおりであるからこれを引用する。

理由

本件訴訟脱退前の被控訴人高橋健三が昭和二十五年四月二十五日控訴人を相手方として大阪地方裁判所に仮処分の申請をなし昭和二五年(ヨ)第五六〇号事件として繋属した結果、同年五月二十三日控訴人が本判決添附目録記載の商標又はこれと類似する商標を使用することを禁止する旨の仮処分決定がなされたことは当事者間に争がない。本件においては右仮処分決定のみの取消を求める趣旨と認むべきことは本件弁論の全趣旨に徴し明らかなところ、被控訴人は右仮処分を維持する事由として、従来控訴人において被控訴人の権利に属する商標を使用し被控訴人の商標権を侵害する外その名誉を毀損し且つその営業上の利益を害しているということで商標権侵害排除請求権の存在を主張するだけでなく、民法第七百二十三条に基く名誉回復請求権並びに不正競争防止法に基く差止請求権の存在をも併せ主張するものであつて、民法第七百二十三条によれば名誉を毀損せられた者は損害賠償に代え又は損害賠償と共に名誉を回復するに適当な処分を求めることができ、又不正競争防止法によれば他人の商標を使用し他人の商品と混同を生ぜしめる行為により営業上の利益を害せられた者は損害賠償を請求することができる外営業上の利益を害せられる虞ある場合にはその行為の差止を求めることができるのであるから、被控訴人は金銭的補償を得て満足すべきでなく、右名誉回復請求権及び差止請求権保全のため前示仮処分を維持する必要あるものというべく、金銭的補償を得ることによつて終局の目的を達するものと認められないから、被保全権利が金銭的補償を得ることによつて終局の目的を達する場合に特別の事情ありとして許される民事訴訟法第七百五十九条による仮処分の取消をすることはできない。商標権侵害排除請求権は、控訴人が本件商標を使用してその製品である写真引伸機の販売をなすがため、被控訴人の製品である写真引伸機の販路を阻害する故、控訴人に対し本件商標の使用を禁止しようとするものに外ならないから、控訴人がこの禁止に応ぜずとも、これが為被控訴人において蒙る損害は財産上の損害に帰し、従て抽象的に観察すると、商標権侵害排除請求権は金銭的補償を得ることによつてその終局の目的を達することができるものと解せられるが、本件においては、原審証人小川良雄第一回の証言によれば、右仮処分決定後も控訴人において依然本件商標権を有するが如く自家製品の写真引伸機の広告をなしていることが認められるから、控訴人は右仮処分決定も依然自家製品の写真引伸機に本件商標を使用しこれを販売していることが察知できるのであるに拘らず、右証言並びに乙第二第三第五第六第八号証によると、控訴人前主張において仮処分の執行をしようとして控訴人の製品で本件商標を附した写真引伸機を補捉するのに相当難渋している様子が看取し得るのであつて、この事実によるとその金銭的補償の額の立証が著しく困難であることが認められ、右金銭的補償の額の立証が著しく困難でないことを認めしめるに足りる疏明は存しないから、民事訴訟法第七百五十九条の特別の事情があるものとして右仮処分を取消すことはできない。けだし、仮処分請求権が抽象的には金銭的補償を得ることによつて終局の目的を達し得べき場合であつても、その補償の額の立証が著しく困難なときは、仮処分請求権と完全に同価値たり得る保証さえあれば必ずしも仮処分をなすに及ばずとして仮処分の取消を許した前記法条の趣旨に副い適当な保証金額を定めようとしても不可能であるからである。また甲第二乃至第六号証によれば、控訴人において従来本件商標権を有するが如く写真材料業界雑誌に自家製品の写真引伸機の宣伝広告に努めていたことは認められ、そのため相当の費用を支出したであろうことも推察できるのであるが、これだけでは右仮処分により控訴人が普通に受ける損害よりも多大で社会観念上到底認容することができない程度の損害を受けるものと認められないから、この点についても特別の事情があるとはいえない。なお、本件では商標権その他被保全権利の存否については触れる必要がない。そうすると本件仮処分取消の申立は理由がないから、これを棄却した原判決は相当といわねばならない。

よつて本件控訴を棄却すべく民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用し主文のように判決する。

(裁判官 松村寿伝夫 藤田弥太郎 小野田常太郎)

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